Project
HOUSE M|2階から寺をひらき直す、庭園と暮らしの継承
Hamada City, Shimane, 2025
概要|2階から寺をひらき直す
本計画は、約1300年の歴史を受け継ぐ寺院の庫裡を、次世代の暮らしを受け止める場として再編集する改築です。
かつて寺は、祈りの場であると同時に、相談があり、行事があり、季節の気配があり、人が自然と集まる地域の居場所でもありました。
しかし近年は、進学や就職を機に家族が土地を離れ、地方都市の活気が少しずつ薄れていく中で、
寺と地域との距離も変化しています。
この計画で求められたのは、単なる住環境の改善ではありませんでした。
新住職とその家族の日常を整えること。
寺院として人を迎える場をつくること。
そして、庫裡という場所を、もう一度、人の気配が行き交う場として整えること。
新しい暮らしの場となるのは、新住職、妻、長男、次男の4人が暮らす子世帯の住まいです。
1階にはご両親が住まわれ、寺の維持管理を手伝う妹さんも同じ敷地内で生活されています。
8年前の全面改修で1階に浴室が新設されていたため、
今回の2階改築では新たな浴室を設けず、子世帯は夕方になると1階へ降りて入浴します。
誰が次にお風呂に入るのか。
1階から階段室越しに2階を見上げ、声をかけ合いながら順番を話し合う。
ささやかなやり取りですが、階段室という1階と2階をつなぐ吹き抜けの場を介して、
毎日の暮らしの中に自然な会話が生まれています。
2階が子世帯の場となったのは、高齢になられたご両親にとって、回り階段の上り下りが負担だったためです。
ご両親の暮らしを1階に整え、2階を子世帯が使う。
その判断から、この計画は始まりました。
であれば、2階には、1階から眺める庭園とは異なる価値を持たせたい——。
しかし、1階部分と開口部を含む外装は、8年前に手を加えたばかりで状態も良好でした。
実際に手を加えることができたのは、2階部分と階段室のみです。
外まわりに触れることなく、地面と切り離された2階で、どのように庭園と向き合い、寺を地域へひらき直すのか。
それが、この計画の最初の問いでした。
庭園|前住職が育てた風景を、暮らしに引き寄せる
手がかりにしたのは、前住職が長い年月をかけて育ててこられた庭園です。
1988年の豪雨災害をきっかけに、敷地の広範囲に擁壁が築かれ、それまで維持されてきた庭園の姿は大きく変わりました。
前住職は、その擁壁を風景へ馴染ませるため、さつき400本、つつじ200本を植え、庭園の骨格をつくり直していきました。
その後も、東日本大震災後の福島復興支援として淡墨桜を50本、新住職の新参記念樹として紅葉を200本、ご兄弟の守り樹として桃を3本。
節目ごとに樹木が植え継がれ、庭園は出来事と祈りを重ねながら、四季を映す風景として育まれてきました。
この庭園は、単なる眺めではありません。
前住職の時間であり、地域の記憶であり、この寺が人々とつながってきた証です。
だからこそ、2階での暮らしがこの庭園に寄り添い、その時間を次世代へつないでいくことを目指しました。
計画|家族の気配と、迎える場を重ねる
新住職が住まいとして求められたのは、2階で生活しながらも、慣れ親しんだ1階の気配を感じ取れることでした。
新住職はこの場所で育ち、幼少期から長く1階を主な生活の場として過ごされてきました。
現在はご両親と妹さんが1階を中心に使われていますが、それでも1階には、新住職にとって当時の思い出が重なる瞬間があるといいます。
そこで、改築前に2階の階段ホールから伸びていた直線状の廊下を取り払い、
階段室から直接、居間と食卓へ入る間取りに変更しました。
階段室との境界には、大きなガラスと框戸を設けています。
これは、空間を完全に分けるための仕切りではありません。
2階の暮らしに落ち着きを与えながら、1階から続く家族の気配をゆるやかに受け止めるための工夫です。
一方で、庫裡は単なる家族の住まいではありません。
住職が来賓を迎え、言葉を交わし、寺院としての役割を果たす場でもあります。
濃灰色と淡灰色で仕上げた既存階段をゆっくりと上る。
2階に到達した瞬間、視界が開ける。
その先に、前住職が育ててきた庭園が広がる。
この開放の瞬間を、庫裡の新しい記憶として設計しました。
家族の暮らしを支える器でありながら、来客を迎えた時には寺院としての落ち着きを取り戻せること。
日常の延長にありながら、少しだけ背筋が伸びること。
その両方が、この2階には求められていました。
地域|山と川と集落のあいだにある余白を写し取る
お寺を、地域の人々にとってもう一度身近な存在にしたい。
それは前住職からも強く望まれ、親子2代にわたって受け継がれてきた願いでした。
そこで、来客を迎える2階の主空間を考えるにあたり、まず周辺の環境を読み取ることから始めました。
この寺が位置する浜田市上府町は、中国山地が日本海へと迫る、起伏に富んだ地形の中にあります。
山から流れ出た水は下府川となって日本海へ注ぎ、その流れに沿うように集落が続いています。
周辺を歩くと、小公園や小さな緑地、川沿いの土手が、集落の中に点在していることに気づきました。
大きな広場ではありません。
特別につくられた観光地でもありません。
山と川と集落のあいだに、少しずつ差し込まれた小さな余白——。
そこには、地域の何気ない日常が静かに重なっていました。
自転車を止めた学生たちが、下府川の土手に腰掛けて話している。
近所の子どもたちが、小公園の一角にある遊具で遊んでいる。
犬を連れたご年配の方が、その歩幅に合わせるように土手道をゆっくりと散歩している。
そのささやかな風景の中に、この地域に流れる人と場所との近さが表れているように感じました。
2階の居間と食卓もまた、そのような余白でありたいと考えました。
家族と来客、寺と地域、室内と庭園が交わる場。
居間と食卓を挟む2枚の壁には、外壁にも用いられる材料を採用しています。
室内を内装材だけで完結させるのではなく、外の気配を空間の中へ引き込むためです。
3色を織り交ぜた壁は、石垣や瓦、雨に濡れた土、山裾に重なる家並みのように、
見る時間や光の入り方によって表情を変えます。
この2枚の壁は、庭園へ向かう視線を受け止める背景となり、居間と食卓に奥行きを与えています。
庭園を眺め、山と川に育まれた地域の風景をどこかに感じながら、人が自然に腰を下ろす——。
寺の内側につくられた居間でありながら、地域へひらかれていくための小さな場を目指しました。
境界|既存バルコニーを、室内と庭園の結節点に変える
既存のバルコニーに立ち上がる腰壁は、庭園との関係を物理的に分断していました。
そこで、腰壁に沿って大小の植栽を点在させ、腰壁の輪郭を緑に溶かすことで、
庭園の緑が手前へ連続して見えるように整えました。
室内が庭園に近づき、庭園もまた室内へ寄り添ってくる。
その距離感をつくるための操作です。
既存のバルコニーは、単なる屋外の付属物ではありません。
室内と庭園のあいだに生まれる、やわらかな移行の場です。
この場所があることで、2階の暮らしは庭園と向かい合うだけでなく、
庭園の時間の中へ少しずつ重なっていきます。
素材|地元の欅が、地域の記憶を室内へ運ぶ
居間と食卓の中心に据えたのは、樹齢100年を超える欅の天板です。
地元で伐採され、30年以上乾燥・保管されていた材を特別に譲り受けました。
地元で育った樹を、地域の人が集い、愛してきた寺で使う。
その循環の物語を新住職も大切に捉え、採用に至りました。
欅の天板は、空間の中心に静かな重心をつくります。
家族が囲む日常の食卓であり、来客を迎える場の象徴でもある。
そこに触れるたび、この場所に流れてきた時間が、暮らしの中で確かめられていきます。
継承|住み続けることが、寺を未来へつなぐ
寺を継ぐことは、建物を守ることだけではありません。
そこに人が住み、日々の暮らしがあり、季節ごとの行事があり、訪れる人を迎える気配が続いていくこと。
その積み重ねが、寺を地域の中に生かし続けていきます。
この地に生まれ、この地の人々に育てられた住職が、妻と子どもたちと共にこの場所に暮らすこと。
それは、寺を過去の記憶として残すのではなく、
これからの暮らしの中で生かし続けるための、大切な継承のかたちです。
子どもたちが庭園の移ろいを日常の中で見つめる。
家族が1階と2階を行き来しながら、世代を超えて言葉を交わす。
来客がこの場所を訪れ、庭園を眺め、欅の天板を囲む。
そうした何気ない時間の積み重ねが、寺と地域との関係を少しずつ結び直していきます。
この庫裡は、古いものをただ保存するための場所ではありません。
受け継がれてきた時間に、次の暮らしを重ねるための場所です。
庭園の記憶と、家族の日常と、地域とのつながりが、これからも少しずつ育っていく。
そのための、新しい庫裡のかたちを目指しました。











Information
- Date.
- 2025.03
- Principal Use.
- 庫裡
- Location.
- 島根県浜田市
- Structure.
- 木造2階建て
- Site Area.
- -
- Total Floor Area.
- 106.60㎡(32.18坪)
- Furniture.
- YUTAKA オリジナル
- Photo.
- 矢野 紀行
- Structural Design.
- 皆川 宗浩 / ジムネ構造空間研究所
- Lighting Plan.
- 山本 樹里 / TACT Lighting Design Office
- Construction.
- 宗清 正男 / 有限会社エルメイク