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素の風景と、風景としての建築について

Column

02|素の風景と、風景としての建築

窓を開けた瞬間、風がすっと通り抜ける。
新緑がそよぎ、やわらかな光が水面をきらめかせる——
ただそれだけなのに、ふと心がほどける朝があります。

日本には、古来より建物のない「素の風景」を美しいとする文化があります。
私たちは、そんな琴線に触れる体験を、住宅の設計を通じて生み出したいと考えています。


静けさに、心ほどける風景

自然が静かに描き出す風景に出会うと、
言葉より先に身体がほどけていくような安らぎの瞬間があります。

新緑が風にそよぐ音。
水面をきらめかせる光。
遠くの山の稜線がつくる、ゆるやかな起伏。

私たちが住宅でつくりたいのは、そうした体験そのものです。
「眺めがいい」や「開放的」といった説明の前に、
ただ、心が静かになる。——その感覚を確かに残すこと。


多様な個性が織りなす、一枚の風景

山を見上げると、樹種もかたちも色も大きさも異なる木々が、
入り組んだ地形と重なり合い、無数の違いが独自の風景を形づくっています。
一見、雑多で秩序がないように見えるかもしれません。
けれど、歪んだ樹形が太陽を求めて懸命に枝を伸ばしてきたと知れば、
その曲がりは力強く、美しい必然として映ります。
山の起伏が日当たりを変え、沢が生まれ、やがて命の営みが宿ると気づけば、
その風景はただの背景ではなく、守るべき命の場として見えてきます。
自然の風景は、整然と揃った“きれいさ”ではなく、
理由のある違いが重なって生まれる秩序を持っている。
私たちは、そこに学びたいのです。


建築が風景とつながるとき

私たち建築家は、自然という大いなる存在を資源として、
時に借景として空間に取り込み、住まいを形にします。
一方で、もし風景がさほど美しいものでない場所に建物を計画する場合には、
私たちのご提案する建築をその景色に加えることで、
風景そのものをより良くしようと試みます。
敷地が周辺環境と接点を持つ以上、互いの影響を熟考し、
建築と風景の関係を追い求めます。

窓の位置ひとつで、見える“余白”は変わる。
軒の深さひとつで、光と影の“静けさ”は変わる。
その積み重ねが、暮らしの中に「風景としての住まい」を立ち上げていくのだと思います。

どんな風景に、あなたの心は還りますか。

思いが環(めぐ)り、心が還る場所へ。


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